BLOG

ものぐさの変なこだわり

すごくよい記事を見ました。最近気付き始めた(それだけに言葉にできずもやっとしてる)ことを、近い感じで説得力のある言葉でまとめている記事を見たのです。

http://photo-studio9.com/sony-loveletter/

 

いわゆるデザインの話、にまとめられそうですが、「こうすればいいのに」と思うことがなかなか周囲に理解されない時があって、理詰めで説明すればするほど自分でもなんかよくわからんいらんもんに思えてくる、ということがよくあるわけです。
直感で欲しいと思ったのに。

実際自分では何をしたら結果どうなるかまで精度高く予測できるほど経験値もないわけですが、超経験値の高そうなカメラマンさんの本音ということで、自分のモヤモヤが晴れる疑似体験をすることが出来ました。

カメラの話が苦手な人以外は、すごく参考になるので一度見てもらうといいと思います。
が、ちょっと長いので特にグッときたとこだけ引用して思いの丈をばら撒きたいと思います。

カメラマンにとって最もやってはいけないミスはメモリーカードのフォーマットミスですが、ソニーのカメラはフェイルセーフが考えられていないだけでなく、ミスを誘発するような作りになっています。。

まずイケてないのが、SDカードスロットの番号が下から1、2になっているのに対して、メニュー画面では上から1,2になっている点。慣れればなんとかなるんですが、かなり罠に近いデザインの欠陥で頭抱えます。

デザインが悪い、という些細で微妙な問題が最大限にその効果を発揮するシーンが「運用」です。
感覚的なもの、例えば重力を感じる方が下とか右から押したら左へ行くとかいうものや、文化的なもの、例えば飛行機の操縦桿は引いたら上昇とかアクセルは踏んだら進むとかいうものなど、僕らが何十年と生きているなかで身に染みている「この世の当たり前」というものがあります。
その当たり前を踏みにじるデザインは悪です。良くないとか使いにくいとかいろんな印象はあれ、悪です。引用例のフォーマット操作なんてまさに、よくこの事例にこんなに適した例があるもんだというくらいの悪デザインです。
普通はあっても、手前と奥の選択にメニューの制約から左右の選択にせざるを得なく手前の選択は左右どちらか解釈の違いでもやる、くらいのものです。
おそらく何かの理由でスロット1が下に設けられていて、メニューの表記は単純に小さい順に並べた、くらいのものでしょう。作る側は。

でもこれ

「上を殺すと選んだな?ばかめ!名前をよくみろ!お前が選んだのはお前が愛する2だ!入れ替えに気付かぬとは迂闊なやつよ。わはは」

完全に悪魔です。

あと、ジョイスティックでタブ移動しているとたまに上とか下にキーが入ってしまってタブの選択が外れる時も「ファーーー!」ってなります。使っている人ならわかってくれると思うw

ソニーのUIは基本、ユーザーは完璧なものであって、ミスは許容しませんみたいな作り。

間違えなければちゃんと使える、気を遣えばわからないことはない、多少使いづらくてもすぐ慣れる、これらは本当に(強要されるのが)嫌いな考え方です。
趣味なら別にいいんです。その過程を楽しむことに価値がある分野も多いでしょう。人には好みがあるので、多分好きなことは普通に頑張れると思うんです。
でも興味のないことはそれなり、という人も多いと思います。
僕はサッカーやら自転車やらは好きなので、凝りすぎない範囲で労力を費やすのは自発的に楽しめます。
でも、ファッションで自己表現をしようとかは興味をなくして久しいので、「社会人として無し」にはならないように踏みとどまろうくらいしか自分を動かせません。
身の回りのこともそう、どんなに散らかしてても(僕の脳内構造と同じようにものが存在している)気にならないというかそれが自然ですが、社会生活においてまずいことになるのでなんとか最低限片付けようとするわけです。

自分の興味という燃料では追いつかないレベルの「自発的行動」という燃焼は、実はかなりキツイ、というか無理というのが僕の考えです。
上記のメニュー操作においても、自発的に慎重で正確な操作ができる(そういうのが好き)な人もいれば、体全体でカメラアングルを決めるのが好きでばばっと設定をいじって勢い良く対象と対峙する中でビジョンが見えるのだ(写真が好き)みたいな人もいるでしょう。
後者にとっては「正確な操作でもたらされる多種多様で高度な機能」は価値が無いかもしれません。
彼が欲しいのは「俺が欲しいと思った時に俺が使える機能」。大体の人がそうだと思いますが。

最近話題になってたセブンイレブンの可士和デザインも然り。
LRって左右?レギュラーとラージ?みたいな問題。
「コーヒーなんだから(ちょっと考えたら)左右のわけないじゃん。」ていう人もいるんですが、なんでちょっと考えなければいけないのかと。
社会的通念としてLRなら左右という大先輩がいるのに、同じ体裁で違う意味を発揮しようなどどんな了見かと。しかも状況から察しろとか。
みたいなことなんですよ。
コーヒーが好きな人はもしかしたらLやRといったアルファベットに別の世界を見出しているのかもしれない。
でも興味のない人には全くわからない、どころか存在するとも思っていない概念な訳です。
それをちょっと考えろというのはいかにも乱暴なわけです。
まあ、炎上したおかげで「そういう考え方や表示の仕方もあるのね」とたくさんの人が知る結果になったわけで、セブンのコーヒーの表示が定着する可能性も生まれたわけですが。

これ、最初使いづらくてもすぐ慣れる、に似ている気がします。
でもそれはまた別問題。
慣れるというのは、もうすでにデザインの範疇ではないってことですから。
それだったら表示しないほうがマシです。
紛らわしかったり無視できないくらいに気になったり単純に気に入ったものではなかったりしようものなら、どれだけの精神力と思考領域が持っていかれることか。

とまあ、自分がものぐさだから感じる、ということなんだと思いますが、レベルの差はあれブログ記事を見てその説得力に嬉しくなった次第です。
「必要は発明の母」という言葉があるように、「ものぐさはデザインの父」くらいのことはある気がするのです。

まずは身の回り、会社内の「なんかめんどくさいんだけどそんなもんだと見過ごしてきたこと」らへんを改善する練習を続けたいと思います。