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前と後

3月11日の日付はどうにも忘れることもできなそうです。
日本人にとっては少なからず前と後の境目になるんでしょう。
それ以前がどうだったか、今となってはよくわかりません。
何を考えてどう感じて生きていたのか、ぜんぜん思い出せません。

何かを諦めなければならなくて感じた悲しい感じとか、悔しい感じ、辛い感じは覚えていますが、津波以前に諦める必要すらなかったそれらに対してどう感じていたのかはほぼ思い出せません。
仕事についてもそう、それ以前は何をよしとして頑張っていたのか、どうも思い出せません。

それ以後、自分の仕事はなんて世の中の役に立たないことなんだろう、と感じたことは覚えています。
世の中が大変な時には消えてしまう仕事。
僕の担当部署、数カ月にわたって請求書を一枚も書けませんでした。

死に物狂いってわけではないですが、役に立つような仕事がしたいなーとぼんやり考えるようになって、世の中が落ち着くにつれて徐々に仕事も戻りました。
最初は感傷的になり過ぎることもあって、今になって出来上がりを見返すとおそらく苦笑うと思いますが。。。

クオリティが高い、みたいな言い方が本格的に嫌いになったのもこれ以降でしょうか。
グッとくるものをちゃんと見つけて伝わるならそれはクオリティが高い、ということになるんですが、成果物が美麗でなんかすごいとは限らない。
クオリティが高いものを求む、って先に言っちゃうと、ちょっと発想が難しくなります。
グッとくるものがたくさんあることに普段気づかなかったもんだし、グッと来てる自分を信じなかったもんだ。

今となっては弊社の仕事場所を広げてくれているプロジェクションマッピングも、全ての仕事が飛んで閑古鳥の鳴く中、気持ちが晴れるもの、心が動くものができないかなと開発を始めたわけです。
それ以前は僕が乗り気ではなかったんです。
社長は「やりたい、できないかな?」とずっと言っていたんですが、ただの動くトリックアートだと思っていたので「お金かかるだけじゃないすか?」なんて言ってたわけです。

でも、縁あって知り合いの結婚式でほんのちょっとした投射をした時、全然変わりました。
ほぼ一番最初に作った演出なので、内容的にはちゃんちゃらチャラチャラなんですが、場に空気ができたわけです。
これは初めてに近い経験で、今でも一番大事にしたいと思っている(けど難しい)ことです。
その時その場所にいる人たちが少し幸せになれる空気を作る、っていうのが今のところ最も「役に立つ」に近い仕事かもしれません。
今はPMが一番適している(適している理由は後でまとめてみよう)けど、多分もっと色々できる。
もっと役に立てる。