事務所の片付け中に色々と古い資料なんかも発見するわけです。コンテとか、ラフとか。
僕、大片付けで漫画を読み始めて一向に進まないタイプなんですが、面白いのでしょうがない。

普段取り立てて読み返す気も起きないものですが、読んでみたら面白い。
僕の場合は漫画の内容もそうですが、その頃の状況とか流れてた音楽とか、そういうのがポンと浮かんでくることが多いです。
「あの頃はあーだったなー」なんて思うわけです。

で、昔の資料も見ちゃいますよね。
ただ、今回は心を鬼にして、片付けるのみならず一瞥して捨てる努力をしたわけです。
ただ、なかなか踏ん切りがつかない。
なんか、何年か前の方がすごく頑張って凝ったもの作ってるじゃないか、みたいに思えてきてしまって。
方向性があってるかどうかは定かではないものの、なかなか迫力のある落書きが多いもんだと、自分のことも半ば忘れているものです。


自分が書いたのかな?と思うものすらあったり。
もうちょっと頑張らなきゃいかんなとも思うわけです。方向性など違わないように。

で、振り返って思うのは、その時やってみないことにはどうにもならんなということ。
温めてる暇はもう無い世の中になったんだなということ。

 

 

まだ実際に空撮っていうのがどんなもんか知られていないような時期に、ちょっと分かりやすい見せ方したら試しにやってみる人もいるかも、うちのノウハウあれば安全にサクッとできるし、なんておもっていたら、半年も経たずにチンケなノウハウごと吹き飛ばす進化を遂げるDJIのやり方を目の当たりにしたのもこのころ。

そのときやれた人だけが次の段階に先頭集団で進める、というある意味厳しい時代ですね。

でも、好きな人にはとことん心地いい時代です。まさに好きこそものの上手なれ。

 

 

 

 

だいたい普通の人が思いつくことなんて、同じタイミングで世界中の何百人かが同時多発的に思いついているわけです。
新しい発想の道具ができた!(天才の所業)という知らせが世界中を巡る→お、こんなことできんじゃね?(普通の思い付き)という人が1000人→できそうだからやってみたらできた(やっちゃう人)=新しい発想の道具ができた!(天才の所業)。
もちろん能力とか専門的な素養とか教養とかあった方がいいでしょうけど、やれちゃうっていうのが実は大事な気がします。

ちょうど昨日、お話を聞くことができた人の印象がすごく良く残っています。
なんの意味があるかわからないし、他人を説得させることなんてできないんだけど、多分いいことだと思うからちょっとだけやってみる。
だそうです。
これすごく共感できました。
逆に言うと、どんな小さな行動でも、その影響を全て予想できると思っているなんておこがましいってことです。
やってみたら予想もしなかったことが起こる、に決まっています(アンテナと受け止める素地がないと気づけませんけどね)。
もうちょっと緊張して生きてもいいなと思った次第です。