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さもありなんさもありなん。
正直なところ、結構不思議に思ってた世の中のあれやこれが謎解けて腑に落ちた感じがしたわけです。
当たり前としか言いようがないんですが、知ってることも知らないことも、得意なことこも不得手なこともありますもんね。
なんかそれに気づいたような気がしたわけです。

なんで僕が知らないことを周りのみんなは普通に知ってるんだろう?とか、
なんで僕ができない片付けを周りのみんなは普通にできるんだろう?とか思うことが結構あります。
これらは劣等感もあってなんとかしたいなと思っているのですが、なかなかうまくいかないものです。
とにかく興味ない事を知らないしちゃんとすることが苦手なようで。
会社員の作法を知らない。お金の運用とか知らない。webのこと知らない。ハッシュタグの使い方とか知らない。やばいな。
片付けることが苦手。髭を剃るのが苦手。身なりを整えるのが苦手。予定を覚えておくのが苦手。掃除が苦手。知りたいわけじゃないことを知るのが苦手。ひどいな。
人から見たら、得意苦手とかましてや出来る出来ないで躓く程のことではないと思います。

でも、マジ無理。
不思議。
ハッシュタグの感覚を体得するとか、マジ無理。
毎日髭を剃るとか、マジ無理なんです。
これは不思議なんですよ。自分でも。
無理じゃないのは理屈でわかるんです。
でも、できることではない。すなわち無理。≒無理。

ちょっとしたことが行動につながって、そしたら習慣につながって、性格につながって、人生につながる、みたいな話は見たことがあるんです。
逆にいうと、ちょっとしたことというのは人生をかけて向き合わなければならないのか。
さらに逆にいうと、ちょっとしたことというのはその人そのもの。

で、自分にもそんな無理なことがいくらでもあるのに、他の人にないわけもないと思ったわけです。
すごく不思議なことってそこら中にあります。
一時停止で止まれない人とか、自転車で逆走しちゃう人とか、万引きしちゃうとか、知ったかぶっちゃうとか。
自分が無しだと思っていることも、誰かにとっては無理なことだとなかなか気づけないもんだ。
自分にとっては信じられないことでも、誰かにとっては普通なわけですよね。
だから、怒りをぶつけても意味がない。本当に無意味なわけです。そうしたくなっちゃうんですけどね。

自分のことなら自分のことだけでいいんですが、人に何かを伝えようとか人の心を動かそうなんてした日には、そういう事、気にしないといけないというのがあらためて感じられたわけです。
普通これならわかるよなとか、これは面白いよねとか、こんなつまらないものどうするんだとか、なんでこれが流行ってるんだとか、自分がそう思ってもびっくりするくらいいろんな捉え方感じ方の人がいるわけです。
商品についてとか行事についてとか、ある程度話題が限られると、趣味趣向によってビックリするくらい知っている人もいるし、びっくりするくらい知らない人もいるわけです。
それこそスマホに興味のない人は電源の切り方なんて知るわけがない。
上から言われた興味ない仕事の良し悪しなんて知るわけがない。
興味のない世界のルールやマナーなんて知るわけがない。
逆に、見る人が見たらそれだけでストレスを感じるテロップや編集や内容のyoutuberでもツボを理解して面白がれる人もいる。
どう見ても同じにしか見えないもの達の微細な個性に価値を見出す人もいる。
知識量が試されるパロディものに刺激される人もいれば、ノンバーバルな演技に心底入り込める人もいる。

大したことはできないしできることも限られているので結果は大差ないというか同じだとしても、知らずに作っちゃったものと、知った上で捨てて残してたどり着くものではやはり違うわけです。
後者でなければならないなと思った次第です。