なんとなく目に止まった。

本当に頑張って実際に作っている現場の人達の名前が世にでることはないのがちょっと悲しい、という感じの話。

まあ、そうですよね。しょうがない。

関わったことを口外して良い立場なら、以後自分の活動に有効に使っていくしかありません。

 

僕が気になったのは、場外のやりとり。

「俯瞰するプロデューサー的な人間だけ脚光を浴びる。下請けがいないとなにもできないのに。」

「本当に誇るべきは、縁の下の力持ちとなる人と、実際に作る技術を持っている人。」

みたいなニュアンスの考えの人が結構多そうに見えるなーというところ。

 

極端に言うと、技術を持っている人だけいてもどうにもなりません。

キレイでつまらないものが出来上がるだけです。

縁の下の力持ちになれるであろう人も、縁の下にたどり着くことができません。

何にもしていないように見えて、「こうすりゃいいんだよ、たぶん。」としれっと言ってくれる人が必要なんです。

だから結局全員必要だし、全員をまとめて、でも最後に僕これがいいと思うって言っちゃう人が絶対必要。

ゴジラに続き、オリンピックでこんな痛快な場面に出会えてすごく嬉しい。

どんな権利関係をクリアしてマリオとドラえもんが同じ画面にいてどんな立場の人がCG作るんだよ!?みたいなのを置いておいても(これはこれで初見マジか!と叫ぶに値しますよね)無心で楽しめるなんて、痛快以外の言葉が見つかりません。

 

前述の意見ってすごく日本人的な感覚なのかなと思います。

ひとつひとつしっかり積み上げていけば正しく完成する、という信仰。

ちょっとずれると次もずれるから、ずれることは許されない。ゆえの正確性。

 

日本人なのでその美意識もそれに対する誇りもわかるんですが、工芸とかだったら。

コンテンツになると、超美麗なのに魅力的じゃないキャラクターとか、しっかり作ってるのになにか面白くない映画とか、ちゃんとしてるのにがっかりということが結構あります。

この間フェイスブックで流れてきたにも納得。

 

僕も仕事柄、そうなることがあります。

企業紹介の映像とか。

要望を全部入れると、しっかりわかりやすく、そしてよくあるものが出来上がります。大体の場合。

要望の中に「企業紹介っぽく」というものがあるのでしょうがないことが多いのですが。

必要な要素を積み重ねていくと出来上がる典型ですね。

 

弊社 長井がえんやこらで作っていた企業紹介。

もっとやれの話。