先日、仕事で長岡に行きまして、戻り際に昼食を摂りがてら造形大に寄ってみました。

もう十何年か前になりますが、そんなに美しい思い出でもないのであまり思い出すこともないのですが、駐車場でボケーっとしているといろいろ思い出しますね。

ここでラジコンしたな~とか、ここでスケートしたな〜とか、ここで自転車したな~とか、まあ総じて暇だったんだなーと思ったわけです。

まあ、ホント暇でしたよね。本当にただ時間がすぎるのを待つだけの瞬間とかありましたもんね。

今だったらいくらでもやることがあるんですけどね。当時はネット環境もないし(ISDNが増え始めたくらい)今みたいに安い娯楽はあんまりなくて、何をするにも結構なお金と労力と覚悟が必要だった気がします。

とはいえ、本当はいくらでもやることなんてあったはずです。その時間にデッサンの練習でもしようものなら、どれだけうまくなっていることでしょう。トレーニングをしていたらどれだけ運動能力が高まるでしょう。

そんなことわかりきっているのに、なんで出来ないんでしょう。ふしぎです。

動機として弱いわけではないんですよね。それなのにこんなに難しいのは何故でしょう。

というわけで、今でもずーっとこの疑問を持っているわけです。どうして意識高く時間を有効活用できないのか。

情熱大陸で見るような、寝る間を惜しんで何かを突き詰めるようなことが、できる気がしません。

なぜだかわかりませんが、だらしなくくだらなく時を過ごす必要があるようなのです。不思議です。

サッカーをしたり、映画を見たり、水槽を眺めたり、こたと遊んだり、それらが出来ないタイミングが続くと、ものすごく嫌な感じになります。それはもうひどいものです。

多分、学生の頃に想像できた範囲の、だらしなくてくだらなくて面白そうなことは仕事としてあらかたやってしまったんでしょうね。さすがに昔のように、仕事してれば楽しいなんていうものではなくなってきた気がします。

というわけで、どう楽しくしていきましょうか。仕事。

ちなみに、暇で暇でしょうがない時間は大嫌いです。