前にも書きました通り、大学では染物の研究室に属しておりました。

もともと、職人と呼ばれる方々の佇まいや気質に憧れと羨ましさを感じていたのもありますが、紙に載るインクとは違う、布に沁む染料の発色と風情に惹かれたのです。

専攻の選択が学生の成績順に希望を募る方式だったので、4専攻コース中4番人気だったテキスタイルに行きやすかったという事情も多少あります。。

とても真面目な学生とは言えない感じでしたが、それなりにがんばりました。ただ、同じ研究室に、のちに首席で卒業することになるスーパーな奴がいまして、その活動や作品を見ていると、「どうやら、これは、無理じゃ?」と思うに至りました。

やはり彼は人の心を動かすものを作るんですよね。

僕は、自分が好きだなと思うものは考えられるんですが、見てくれる人に「いいでしょ!」といえるものが、たまにしか出てきませんでした。染物の世界では。

「この化学変化で色が変わった部分の境目のじわっとしたかんじが。。」っていうのは、自分が好きならそれでいい、というだけの話で、「きれいだね」とか「おもしろいね」って言ってもらえる想像があまりできなかったわけです。

結果がどうあれ、「これは面白くなるぞ」と感じながら作ることができないのはつらい、ということに大学の4年間を費やして気づきました。勉強したことなんてこれ一つだけと言ってもいいです。なんと恵まれた境遇でしょう。親に感謝しかありません。

というわけで、「好きなことを仕事にする」という賛否ありそうな言葉ですが、「自分が」好きなことを仕事にすると、つらいという意見も当てはまるものだなと。

逆に、「誰かを喜ばせるのが好き」「作ったもので喜んでもらえると」という、なんか作る系の人の大部分が持っている趣向なら(僕の染物みたいに勘違いでなければ)必殺「好きこそ物の上手なれ」が発揮できるのではないかなと思います。

カメラもCGもド素人ですが、「これ撮ってこうしたらすげー良いかも。喜ぶんじゃね?」と思ったら、撮ってみていじってみるわけです。やり方はわかりませんが、こうなったら良いと思うよ、と思えているのなら、なんとかなったりするわけです。どうなったら良いのか、を諦めると、知識と技術でそれっぽくという感じになってしまいそうです。クオリティーは後者の方が高いことが多いんですけどね。なのでクオリティーという言葉が好きではありません。

あと、向き不向きで言えば、コンビニのバイトは適性はありました。でも嫌でした。

実は掃除も結構できます、テキパキと。でも普段はできません(申し訳ありません各位)。

コンビニも掃除も、始まってしまえば頑張るんですが、最初に着手するのが本当に辛い。

毎日毎日、「行きたくないー」とシフトが近づくと憂鬱になっていました。

コンビニに比べたら、デザインや映像なんて実はこれっぽっちの適性もないんですが、「会社に行きたくないー」と思ったことが不思議とないんです。

社長や先輩方がそういう場を作ってくれていたというのもあるし、研修も何もなくてもいろいろ教えてくれていたんだろうと思います。

これは、「行きたくないー」と思わないのは、小中高大学、バイトを通して初めてのことなので、なかなかの感覚です。

適性があるかはまだわかりませんが、「こうすると面白くない?」って人に言えるような気はします。「面白くない」って言われても大丈夫だし。凹みはしますが。本当に言われたくありませんが。

自分が何をしたいのかわかれない分野や、こんなことをしているはずではとかこんなところにいるはずではとか考えてしまう場所にい続けることになってしまうよりは、どんなに良いことかと今のところ思っています。何かあったらそういう場所にも戻れますが、なるべく頑張ってほぼ絶対に近い感じで戻りたくないです。

というわけで、多分、向いてなくはない今の仕事。

僕だけではないんですけどね。一見、専門的な適性はないけど、向いてなくはない者の集まりがソルだったり。するのかも違うのかも。だったらいいなーという話。