ある時から時給という考え方がすごく嫌いになりました。

がんばればがんばるだけ仕事は増え収入が少なくなる仕組みってことですよね(誤解)。

学生の頃はバイトに行っても何の不思議もなく「時よ過ぎろ」と念じていたものですが。

大学卒業のタイミングが結構な就職氷河期であったり、それまで憧れがあった染物の世界にちょっと向きそうもないことが判明したりで、まともな就職活動はせずにいました。

実際、焦りも不安もありましたが、当時都内でVJみたいなことをしていたらしい悪友の「いろいろ大変なんだけど、俺、今世はクリエーターでいいわ」というすごい発言に励まされ、いろいろ考えてみようと思った次第です。

で、やりたいことをいろいろ考えて、とりあえずインラインスケートのビデオを作ろうと(バカですねー)。卒業しても予定がないのをいいことに、滑る方でプロを目指していた仲間と車中泊で九州までスケートを持って巡ったあとに、コンビニでバイトをしながら何か作る、ということにしました。

コンビニの面接に行ったら、免許証の期限が切れていることが判明、無免状態で九州まで車で行っていたというひどい逸話もあります。

お金がないので仮免試験から受けに行ってAT限定で前の受験者の一挙手一投足をコピーしてからくも受かったものの、けっきょくは高速教習などが必要でずいぶんお金がかかったというひどい思い出もあります。なので、いまの免許はAT限定です。

で、バイトを始めた先のオーナーが超怖い人で。

最初はめちゃくちゃ怒られました。自分で振り返ってみても、まあ怒られる感じで働いていたので当たり前なんですが。

ただ、脱サラして始めた新しもの好きのオーナーと気の強い美人な奥さんというコンビで、話が真っ当で面白かったので、素直に聞いて頑張ることもできました。店は長岡の片隅なので、そこまで儲かりもしなかったと思いますが、評判のいい店で通ってたと思います。

おかげで、いざという時に最低限の対話ができるくらいにはコミュ障を手懐けました。

で、ずっと時給で働いていたんですが、途中から嫌気がさしてしまって。

そもそも、それまで仕事という何をしたこともなかったので、バイトを始める時に「もしかしたら自分は一つのことを長く続けられないのではないか、ものすごい(映像方面とかの)チャンスがない限り3年は続けよう」と決めたんですが、3年もいるとまわりの出入りはそれなりにあって、すごく尊敬していた同い年の技科大の院生が卒業していなくなったり、いろんな人が入って出て。

そうするといろんな感じの人がいるなーと思うわけですが、苦しい時間に耐えたから報酬をくれ、という型の人がわりといまして。そうじゃない人たちはそれこそいろんな人がいるんですが、耐える型の人たちは典型があるみたいでした。で、その感じがあまり好きではなかったのです。

やっぱり全ての行動がとげとげしい感じがするんですよね。人を煽ることに意義を見出しているような。お客さんにもいますけど、その人がお客じゃなくて働いている時はこういうかんじで耐えてるのかなと思ったりしました。僕もたまになってしまいますが、誰かにイライラをぶつけるとなんで発散できた気になってしまうんでしょうか。不思議です。気をつけます。

というわけで、待っていてはチャンスなどあるはずもなくこれではまずいと覚悟を決めてバイトを辞めるまで3年間で、時給というと耐えるイメージになってしまうので嫌いになった話。