ネタ元について。

パクリっていうとピリッピリの世の中ですが、完全なオリジナルはありません!(多分)。

もう8年前になる↑のビデオも、制作チームの元のアイデアはナイキのプロモーションまんまと言えばまんまです。いや、今になって見るとすごくそのままですね。。60pで撮ってスローとかいろいろ試してみたものの、それで払拭できないほどそのままですね。

まあそれは置いておいて、仮に僕が知らなかったとしても僕のこのちっさい頭で考えに考えたアイデアなんて、どこかの素晴らしい誰かの何年か後の足跡を不恰好に辿っているはずです。結果的に劣化コピーってやつですね。

超僻地ならもしかしたら人が踏み入ったことのない場所(前衛芸術とか)があるかもしれませんが、街中=人が居たい場所に「今まで誰にも踏まれたことのない場所」がどれくらいあるかなと考えることがあります。

人類史上いまだかつて人類が踏んでない場所、っていうのがすぐそこにあったら結構なロマンですよね。

本当のオリジナルを踏むんであれば、「誰かが居たいと思える場所」そのものを増やすとできそうな気がします。

多分、電気ができたり、パソコンができたり、スマホができたりしたタイミングで、そういう場所が増えるタイミングがたまにあるんじゃないかなと思います。

月に行けるようになりました。まだ誰も踏んでない場所、あります。みたいな。

ま、そういうのも増やして踏むように頑張れば良いんですけど、ぽっと増やせるわけではないですからね。

増やすためにどうやって普段貯めていくか、が大事な気がします。

で、ようやく「ネタ元」の話なんですけど、僕が考えてるのなんてまあアンテナの向き先くらいの意味合いのことです。

冒頭言ったように、「車輪の再発明」てすごい無駄なんですよね。これは結構確かな感じで信じていることです。

頑張って自分の結論にたどり着いた過程は評価してしかるべき、のような気もするんですけど、もし知っていたら、その努力の経験をもっと良いことに向けて得られたのに。

だから、ものを作ろうと思ったらいろんなことを知ろうとしたほうがよさそうです。

世の中にはもうこんなすごいものがある、と知っていれば、もうちょっとだけすごいものを想像できそうな気がしますね。

パクリは泥棒ですが、いわゆる盗むは勉強です、という風に信じているのですがどうでしょう。

「お客さんを喜ばすために、びっくりさせるために、泣かせるために、どう考えているか」みたいなところは盗みます。

これが貯まると具体的な意味での「ネタ元」にあたりそうです。

ものを作りたい人は、「こうしたい、こんな感じ」というイメージが自分の中にあるので、ネタ元や他の作品を見てもそのままでは自分の表現には合わず使えません。

自分がやりたいことを自分が持ってる材料をいじってなんとかしようとするので、どうしても「オリジナリティー」が出て来ることになります。

そもそも作りたくなかったり、忙しくて「こんな感じ」を失くしたりしたときに、客観視をミスるとパクリとして表面に出てしまう気がします。

どうしても困ったときは、誰にでもただ一つだけあるオリジナルのストーリーが役立ちます。

キビしいことを言えば、誰にだって一本の「ア・ライフ・オブ・バタフライ」はあるのよ……。

困ったときは、自分の生い立ちや趣味趣向が頼りです。

ま、映像という仕事に関わって半年ぐらいで25年分のストックは使い切りましたけどね。

だから!いろいろやってみているのだ!!

ということで。